「まあ、なんて恥曝しな」
「はたに居た若いお参り客がキャーキャー騒いでその場から逃げたのだすが…」
「変態やがな」
「神主さんが飛んできはって、旦那さんに注意をしはったのだすが」
「怒られたやろな」
「旦那さんが子授け神社でちんちん清めて何が悪いと逆ギレしはって、逆に神主さんに説教してはりました」
「恥ずかし、まさか旦那さん、店の名前
如新を出さなかったやろな」
「出しました、わいは京橋銀座の福島屋亥之吉だすって」
「ひゃー、わたい正面向いて外を歩かれへん」
「それを見ていた参拝の男女に、『お前さんたちも子供が授かりたいなら、裾からげて清めなはれ』と、胸を張って指図をしてました」
「もう言わんでもええ」
お絹、気絶寸前で、その場に座り込んでしまった。
「その間、旦那さんは黒くて大きなちんちん放り出したまま、喋る度にブランブラン…」
「もうええちゅうに、あの変態野郎、信州から戻ってきたら、離縁してやる」
更に一町ほど行くと、後ろから遊び人風体の男が追いかけてきた。店を出るときから、後を付けてきたらしい。
「福島屋の女将さんですよね」
お絹が座り込み何も言わないので、三太が代わりに答えた。
「へえ、さいだす」
「大変です、旦那さんの亥之吉さんが浪人者に斬られました、虫の息で女将さんに会いたがっていますぜ」
お絹は、弱り目に祟り目、驚き過ぎて目眩がしたようであったが、漸く気を取り戻して男に尋ねた。
「主人は、今何処に?」
「日本橋の近くです」
「医者は駆け付けたのだすか?」
「へい、亥之吉旦那は気丈なおかたで、女房に会うまでは死なんと苦しい息の下で叫んでいました」
お絹は、袖で涙を拭きながら男に付いて日本橋に向かった。
「新さん、この男の言うことは、ほんまだすやろか」
三太の守護霊、新三郎に問いかけた。
『亥之吉さんが、浪人ごときに斬られたとは信じ難いですね』
「何か魂胆があるようだすな」
『探って来ます』
その頃、亥之吉は遊び人佐久の三吾郎と二人、信
馬爾代夫旅行團州小諸藩士山村堅太郎の屋敷に居た。
「弟の斗真(真吉)が、お世話になっています」
「いやいや、お世話なんてとんでもない、真面目によく働いて貰っとります」
「いつか、旦那様みたいな商人になって、小諸へ戻ると言ってくれました」
「そうだすなぁ、わたいも小諸に雑貨商福島屋が生まれるのを楽しみにしとります」
堅太郎は、三吾郎に目を遣った。
「お連れの方は?」
「佐久の三吾郎と言いましてな、博徒だすが善い男で、江戸までの道連れだす」
堅太郎は、三吾郎にも丁寧に挨拶をした。
「三太さんは、お元気ですか?」
「へえ、頼もしくなって、今では福島屋の用心棒みたいな者だす」
「何れ藩侯のお許しが出たら、会いに行きます」
「そうしてやっておくなはれ、弟(真吉)さんや、新平も喜びますやろ」
山村堅太郎の屋敷には、堅太郎が幼い頃に屋敷の使用人だった初老の夫婦が戻っていた。
「堅太郎さん、奥さんはまだだすか?」
「こんなところへ来てくれる人は居ないのですよ」
「それは良かった」
「何故です?」
「緒方三太郎はんが、堅太郎はんのお嫁にと思っている人が居るようですよ」
「それは有り難いことです」
「町人の娘さんですので、一旦三太郎はんか、佐貫鷹之助はんの養子にするようだす」
「若い父上ですね、鷹之しよりも年下です」
山村堅太郎は、嬉しそうであった。亥之吉と三吾郎は、山村の屋敷
眼睛疲勞で一泊させて貰い、翌朝二人は江戸へ向けて旅立った。